アカデミア研究者のアイデアを実現するための外部資金の採択率は、科学研究費助成事業(科研費)においては令和2年度で27.4%と低く、7割以上の研究アイデアが未検証のままという現状があります。一方、企業は現業のその先、将来の事業に繋がりうるタネを探しており、新たな研究テーマを生み出すため、アカデミアとのネットワーク構築と連携を求めています。三井化学株式会社は、研究所発で新規研究シーズを発掘する目的で、アカデミア研究者の未検証なアイデアプラットフォームであるL-RAD(エルラド)を活用して、アカデミアとの新たな連携創出の取り組みを開始しました。その狙いを、三井化学株式会社 研究開発本部 研究開発企画管理部部長 山岡 宗康氏と株式会社リバネス 代表取締役COO髙橋 修一郎が語ります。
新しい出会いと経験が、思考の幅を広げる
山岡
大学の研究者の未検証なアイデアを企業側が確認して、連携を考えられるというL-RADの仕組みは面白いですね。
髙橋
ありがとうございます。例えば科研費で採択されなかった申請書であっても、企業の視点から見た時に、魅力を感じるテーマは数多くあります。そして、L-RADを活用している研究者は多分野に渡り、また外部連携を希望している熱い研究者が多いのが特徴です。
山岡
異分野の領域に触れることは、新しい研究開発にも生きてくると感じています。私自身、元々はセラミックス等の無機材料を専門としていました。入社後は、研究所にてセラミックスやレーザー材料の開発を行なっていましたが、今となっては異分野の研究に触れる貴重な機会でした。その後は、コンパウンドの開発や営業担当としてのお客様対応、ポリマーの生産技術の開発も経験、さらには経営企画にも携わりました。様々な部署や部門を渡り歩いたことで、人との繋がりをつくることができて、また研究開発だけでなく事業視点での気づきが多くありました。
髙橋
セクターや分野を超えた繋がりを持つことは、アカデミアの研究者のキャリアにとっても重要です。L-RADは、特に産業界との共同研究を生み出すことでアカデミア研究の幅が広がっていくことを目指してつくった仕組みです。
山岡
企業の研究員自身は、新しい価値を生み出すために先ずは興味を持つこと、次にそれを深堀りしていかなければなりません。そのため、社内に留まることなく、まさに今、産学間を横断するより大きな枠組みの中で新しい繋がりや連携を生み出す重要性を感じています。
分野にこだわらない多様な連携可能性
髙橋
L-RADを活用した連携先の探索は、実際に研究に携わっている方が行うのですか。
山岡
そうです。今回の取り組みでは、三井化学の研究所に所属する社員のうち、若手を中心とする希望者がL-RADを探索してアカデミアの研究者との連携アイデアを提案します。
髙橋
是非、くまなく探索してください。そこで「面白い」と思った研究者には、L-RAD内で連絡をとって、そこから面談等コミュニケーションを続けながら共同研究の可能性を検討することができます。連携を進めるための三井化学としての基準はあるのですか。
山岡
研究内容は、特に現業にこだわらずに広く検討します。また、短期の成果を求めるだけでなく、中長期のスパンでの研究も考えています。例えば、20年後、30年後の社会の姿や解決すべき社会課題から、今やるべき新しいテーマとして社員が信念を持って提案したアイデアについては、私としては挑戦させたいと考えています。
髙橋
社員の皆さん自身が探索、発案に関わることで、共同研究を推進するモチベーションも高まりますね。また、特定の研究分野に限らない点も、新しい研究を生み出す際には、重要だと思います。むしろ分野的には遠い研究を行なっている研究者とこそ新しい連携の形を作れるかもしれません。
山岡
はい。また、連携にも多様性が必要だと思っています。例えば異なる分野のアカデミア研究者からのアイデアと三井化学のアセットとの掛け算が、お互いにこれまで考えてもみなかったような効果を生み、研究の加速への貢献だけではなく、新たなアイデアや価値の創造にも繋がるかもしれませんし、期待しています。
研究成果だけでなく人との関係性こそ財産
山岡
私たちがアカデミア研究者の皆さんに期待しているのは、特定分野のアイデアやテーマの新規性、独自性だけではありません。その研究の先に実現できる、より良い未来の社会を創るためにどのように貢献できるのかをコミュニケーションを通じて共有していただくことで、より適切な連携を生み出せると思っています。
髙橋
L-RADを運用するなかでもコミュニケーションは非常に重要だと感じています。単なるデータベースとしての活用に留まらないように、産学間の共同研究の立ち上げ経験を持ったリバネスのコミュニケーターが企業とアカデミアの間でサポートに入ります。
山岡
心強いです。実際に共同研究を始めても、その全てで結果が出るとは限りません。しかし、失敗もまた一つの成果だと考えています。しっかり期間を区切ってプロジェクトを締めることで、研究期間が終わった後も、研究者との関係性は継続する。それは三井化学にとって貴重な財産になると考えています。
髙橋
おっしゃる通りです。社員の皆さん自身のアカデミアとの関係性構築が、企業として新たな連携を生み出す土壌の形成に繋がりますね。
山岡
はい、今回の取り組みが当社の研究者にとってもそのようなネットワーク形成の機会になることを期待しています。
髙橋
最近では、L-RADの連携先大学の数も増えつつあります。研究者個人としての登録だけでなく、大学が希望する研究者の申請書を取りまとめて登録を行うなど、アカデミアからの期待も高まっています。
山岡
今回の取り組みにあたって、我々との連携を考えてくれるアカデミア研究者がますます増えて、多くの議論ができる事を楽しみにしています。
(構成・井上 剛史)